HIDのバルブの適合規格について

HIDのメリットは、明るさと消費電力にあると言います。また、明るさは従来のハロゲンランプと比較をしても、倍以上の明るさを持つものだといいます。デメリットと言うと値段が比較的高価であることになるのですが、トータルコストや明るさの安全性を考えた場合は、決して高い物ではないように思えるのです。因みにHIDに交換する場合はバルブの規格がマッチしているかどうかを確認しなければなりません。
 LEDと言うとその節電効果や長寿命なことで一躍有名になったが、価格が何千円もしてLEDに交換することを躊躇する人が大勢いたようです。しかし、最近の各企業の努力によりLEDはとても安価になってきており、1000円ぐらいで買えるLEDも登場してきています。ここまで安く入手できるようになったのですから、交換したほうがいいのでは。
●「遠藤諭の『コンテンツ消費とデジタル』論」とは?

 アスキー総合研究所所長の遠藤諭氏が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。

【Google+、Twitter、Facebookの違いを示した図など他の画像】

 本記事は、アスキー総合研究所の所長コラム「0(ゼロ)グラムへようこそ」に2010年07月12日に掲載されたコラムを、加筆修正したものです。遠藤氏の最新コラムはアスキー総合研究所で読むことができます。

 「GDrive」をご存知だろうか? Googleが提供すると何度も噂になっているネットドライブで、ちょうどDropboxのようなものと考えていいだろう。2006年3月のアナリスト向けの配布資料の中に、これについての説明が紛れ込んでいて話題となり、「どのくらいのインパクトがあるのか、Googleが試したのではないか」などと言われた。

 GDriveは、「無限の記憶容量」を提供する点が最大の特徴とされるが、我々はそれを少し違った形で、すでに手に入れているのかもしれない。

●Google+は容量無限のストレージとなる

 6月末のある日、Google AndroidエバンジェリストのAさんから招待が来て、「Google+」のテストサービスを使いはじめた。Google+が成功するか否かについては、まだあまり議論もされていないが(あれが足りない、これが使えないという議論はなされている)、何か新しいコンピューティングのはじまりを感じさせるものがあると思う。

 Google+を使って最初に驚いたのは、Galaxy Tabで撮影した写真が、いつのまにかGoogle+にアップロードされていたことだ。Google+をAndroidアプリで使うようになると、あなたのスマートフォンに、Eye-Fi(デジカメで撮影した写真を自動的にクラウドにアップロードする無線LAN付きSDカード、参照記事)が装備されたような感覚になる。

 例えば、神楽坂の「新東記」というシンガポール料理屋で「肉骨茶」という料理の写真をGalaxy Tabで撮影したとする。すると、何ら余分な操作をすることなく、Google+の「写真」(その正体はPicasaなのだが)に、ほどなく登録されるのである。PCで電子本を買ったら、いつの間にか自分のKindleに本が入っているという、Amazonの「Whispernet」の感覚にも似ている。

 Androidは、すでに「Google+のエコシステムの一部」になっているのだ。

 しかも、Google+では2048×2048ピクセル以下の画像を、無制限にアップロードできる。明らかに「写真」がとても便利に使えるようになっていて、この部分に関しては、「Google+はPicasaのソーシャル化である」といってもあながち間違ってはいないだろう。サークルに入れた友人たちのアップした写真を、「写真」メニューでまとめて見られるのも、新しい体験である。ちょっと構造は異なるが、写真版のPaper.liともいえる、サマリー閲覧機能である。

 この「写真」という話でいうと、Facebookは写真で成功したWeb企業だと思う。Facebookはその名のとおり、“顔写真”が出ているところを最大の価値としてスタートした。「顔」があるから仕事の話もできるし、知り合いを発見できるし、自分の付き合いやすい人間か否かを判断できる材料になったりする。「顔」という最大の「表現媒体」を使ったところが、Facebookが成功した理由の1つだろう。もっと楽しく生命保険/見直し/続きはこちら

 その意味では、Google+の「写真」が使いやすいというのは、賢い戦略だと思う。

●世界は「五感」に向かっている――日本は?

 そして、いま米国の主要ネット企業は、写真のさらに先にある、人々の「五感」を奪い合っているのだ。アップル、Google、Amazon、Facebookは、クラウド型音楽サービスで激しく競合している。米国ではFacebookでもビデオの投稿が非常に増えており、ビデオチャットも大きなテーマになっている。この領域でも、Google、アップル、マイクロソフト(Skype)、Facebookが競合することになった。

 世界は「五感」に向かっているのだとすれば、いま日本で、電子書籍やスマートフォンなど、それぞれに閉じた議論をしている場合ではないだろう。

 ちなみに、これはSNSについての個人的な意見だが、Facebookの「イイネ!」やTwitterの「RT」には、文章組み立てツールのようなところがあると思う。別にちゃんとした文章を生成するわけではないが、人が気持ちを言葉にしてさまざまな形で届けたいというのを、簡便化する働きがあるからだ。そういったものが、これから「五感」のほうに向かっていくことになるのは確実である。

 冒頭で、「GDriveをすでに手に入れているのかもしれない」と言ったのは、Google+が、無限に写真をアップロードできるという理由だけではない。この調子で、人々のすべての気持ちがクラウド上でやりとりされるのだとすると、それがすなわちみんなが持っていたいデータのすべてになると思えるからだ。ほしい情報のすべてがそこにあるのなら、それは無限の記憶容量のストレージを持つことと同じではないか。

●Googleは人と人との関係性を利便性のためとしか捉えていない!?

 一部の人たちは、Google+を「Facebookのパクリ」だと言っている。事実、Googleの関係者もFacebookの「友だち」のしくみは具合が悪いので「サークル」という概念を持ち込んだと述べている。もっとも、テストサービスが始まって1週間ほどしてからは、Google+は「Twitterの進化形」という意見も目立っている。

 Googleが、Twitterにずっとご執心だったのは事実だ。同社がTwitterを買収しようとしているという話は、何度も出ては消えてきた。2007年には、当時「Tumbler」とともにTwitterのライバルと目されていた北欧系の「Jaiku」を買収。直近では「Google Buzz」をやった。だが、いずれもうまくいかず、結果的にTwitterからデータを買ってきて「リアルタイム検索」を提供することになったのは、ご存知のとおりだ。

 Googleが、Twitterを欲しがる理由は明確である。いままで彼らがかき集めていたWebやメールなどのデータは、誰かに読まれることを想定して「襟を正して書いた」文章である。それに対して、Twitterのなにげない「つぶやき」には、いままであまりデジタル化されたことのなかった「本音成分」とでもいうべきものが高いからだ。しかもリアルタイムである。

 そこまで検索できるようになれば、「世界中のデータを検索できるようにする」というGoogleの社是を、いよいよまっとうできるというわけだ。

 しかし、Google+が、こうした彼らの社是にもとづいて作られたものかどうかは不明である。Googleの一挙手一投足は、アナリストやジャーナリストたちに詮索されまくるが、本当のところ、それがきちんとした理念や戦略性のもとに描かれたシナリオかどうかは、どうも怪しいと言わざるをえない。

 むしろとても「理念的な会社」なのは、Facebokではないかと思う。Facebookは、さまざまな他社サービスのエッセンスを吸収しながら大きくなってきた建て増し建築のようなものだ。けれども、誰もそのようには言ってはいないが、その根幹にはGoogleの社是以上に強力なビジョンというものがある。これなに?入院保険比較のQA

●透明性を重視するFacebookと、「あやふや」なGoogle+

 マーク・ザッカーバーグは、「世界がますます透明な方向へと動いていくことは、次の10年、20年に起きる変革のほとんどを後押しするトレンドになるだろう」と述べている。彼らは「透明性」(transparency)という言葉を使って、自分たちがネットのトレンドの中心にいると主張しているのだ。事実、そういうトレンドにはまった企業が、どの時代でも成功してきた。

 それのために、「実名性」や、それ以上に関係性が「事実」であることに彼らはこだわっている。人がポツンと1人いるだけでは、何かが始まることは少ないので、「関係性」がとても大切になる。彼らは、「人間関係まで含んだ住民基本台帳」を作ろうとしているみたいなもので、さぞかし価値のあるものになるだろう。しかし、個人的な感想を述べさせてもらうと、この「透明性」というのが息苦しいような気がしないでもない。

 それに比べて、Google+の「サークル」はとてもあやふやなものだ。Google+に加入していない人を、自分で作ったサークルの中に入れておくことだってできる。例えば「カレー好き」というサークルを作って、勝手にカレー好きとおぼしき知り合いを入れておく。クラウド時代のトモダチコレクションとでもいうべきか、あくまで利用者のための「クラスター識別タグ」がサークルなのだ。

 Google+は、とりあえず用意できる土台やラウンジや調理場をつなぎ合わせた「書き割り」のような世界だといえる。だからというのもあるかもしれないが、プログラミングは天才的だがどこか抜けがあったりもするGoogleのほうが、まだ呼吸しやすい気がするのである。

 単純に、サークルやビデオチャットをうまく使うと、グループウェア的なコラボレーション作業ツールとして重宝しそうでもある。「Picasaのソーシャル化」かもしれないと書いたが、Google DocsなどのGoogleの既存サービスを、ソーシャルで使いやすくするという話でもあるかもしれない。テクノロジーの世界はとてもアナーキーで、ベタベタした人間関係になんかあまり興味がない。その真骨頂ともいうべきGoogleは、たかだか利便性のため程度にしか、人と人の関係を捉えていないのかもしれない。

 もっとも、これは現時点のGoogle+の話であって、AdWardsやAdSenseが入る前のGoogle検索のような段階である可能性も高い。

 FacebookにあってGoogle+にないものの代表は、「Facebookアプリ」だ。「Google+アプリ」なるものがあるとすると、どんな位置づけのものになるのか? それは「Chromeアプリ」や「Chrome OS」とどう関係してくるのだろうか? 人と人の関係までをも、OSというものが吸収してしまうのだろうか? 我々は、クラウドやスマートフォンの登場で、新しいコンピューティングの目の前に立っている。【遠藤諭、アスキー総合研究所】

●遠藤 諭(えんどう さとし)

 1956年、新潟県長岡市生まれ。株式会社アスキー・メディアワークス アスキー総合研究所 所長。1985年アスキー入社、1990年『月刊アスキー』編集長、同誌編集人などを経て、2008年より現職。著書に、『ソーシャルネイティブの時代』、『日本人がコンピュータを作った! 』、ITが経済に与える影響について述べた『ジェネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著)など。各種の委員、審査員も務めるほか、2008年4月より東京MXテレビ「東京ITニュース」にコメンテーターとして出演中。

 コンピュータ業界で長く仕事をしているが、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』の編集を手がけるなど、カルチャー全般に向けた視野を持つ。アスキー入社前の1982年には、『東京おとなクラブ』を創刊。岡崎京子、吾妻ひでお、中森明夫、石丸元章、米澤嘉博の各氏が参加、執筆している。「おたく」という言葉は、1983年頃に、東京おとなクラブの内部で使われ始めたものである。


【関連記事】
遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論:iPhoneとゲームボーイの共通点――横井軍平、そしてオモチャの時代
遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論:ネットの世界に住む巨大なゴリラとは何か――「ソーシャルネイティブ」の時代
遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論:「iOS 5」「iCloud」で加速する、“怪獣大戦争”のゆくえ
20代女性はココ生命保険に相談(12):に大敵